スパイスのキング”胡椒” 金の粉末が一般の食卓に並ぶまでを3分で

ステーキのイメージ画像

上流階級の中でも「極上の品」としてヨーロピアンに扱われていた「こしょう」

今では胡椒のない家を探すことの方が難しいくらいに一般市民の日常の品として定着しています。

この経緯には何があったんでしょうか。

インドのスパイスガーデン、ケララ

こしょうは熱帯地域でならどこでも育ちますが、原産地はインドのケララという地域だと言われいます。

シュメール人の記録では紀元前3000年にケララという地域が”スパイスガーデン”という名前で記述されています。

ガーデンという言葉から青々と茂るコショウは砂漠地方周辺のバビロニア人を含め、アッシリア人やエジプト人など、このケララの”スパイスガーデン”に魅了されていたといいます。

紀元前600年頃、遊牧民のアラブ人はスパイスの商取引の権利を所有し栄えたとされます。

アレクサンドロス3世の死後になってこの伝説のスパイスガーデンはギリシア人にの目にも留まるようになり、ギリシア人は戦略的な足場を求めてエジプトに出航しました。

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ローマ帝国の独占スパイス貿易

そんな中、ローマ帝国はエジプトを併合し、やがてスパイス貿易をコントロールするようになります。

長い間ローマ帝国の繁栄と共に時は流れていきますが、決して順風満帆というわけではなく近隣勢力から何度となく奇襲や攻撃を受けます。

当時のスペインから南フランスを統治していたゴート族は408年に、ローマを包囲して都市の略奪を企てました。ゴート族の王、アラリック王はその時こんな要求をローマに叩きつけます。

  • 金=5000パウンド (2267Kg)
  • 銀=4000パウンド (1814Kg)
  • コショウ=3000パウンド (1360Kg)


とても理不尽な要求だと思うのですが、ここで注目なのが”コショウ”がリストに入っていることです。

なかなか手に入らない”コショウ”には金や銀と同じ価値がありました。

今キッチンの棚に置いてある私のこしょうも金と同じ価値があるといいなと心から思うのですが、人生そうはうまくいきません。

話を戻して、ローマは要求された貢ぎ物をゴート族に差し出したにも関わらず、略奪されてしまいました。(理不尽極まりないゴート族です。)

この頃ベニスの商人たちは?

しかし、そんな中でもベネチアだけは圧倒的な海軍の力を発揮しアドリア海の貿易をコントロールしていました。

ベネチア人はコショウの流通をすばやく支配し、新しい形の卸売ビジネスを展開していきます。イスラム地域から商品を買い、ヨーロピアンの市場で販売。

特にコショウ貿易は開花して、結果、値段は高騰。もはや上流階級のお金持ちだけが手に入れる代物になっていきました。

そんなベネチアの繁栄をよそに後に西ローマ帝国は衰退していきます。そして歴史上ではヨーロッパの”暗黒時代”へと移り変わり、かつて”スパイスガーデン”と人々が思い焦がれたケララも忘れされていきました。

しかし、コショウが消えたわけではありません。

西ローマ帝国が衰退した後はアラブ人がこしょう貿易をコントロールし始めます。(ベニスではアラブ人を経由してコショウが輸入されていたのです。)

ここで面白いのはヨーロピアンに利益を取られまいとアラブ人はコショウ栽培がいかに危険なものか、逸話をつくりヨーロピアンの胡椒栽培ビジネスへの参入を阻止していたという話。

コショウという植物は大蛇に守られているだとか、燻りの中で焦げたコショウの種を抽出するのは細心の注意が必要だとか子供のおとぎ話のような話をつくりヨーロピアンを遠ざけていたといいます。


西ローマ帝国の衰退とは裏腹に胡椒の価値は倍増を続け、金や銀よりも安定した通貨としての役割を持つようになりました。

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こしょう、貨幣として使われる


時代は流れ次は東ローマ帝国の滅亡がやってきます。その頃にはスペインやポルトガルといった国が航海で優位にたち、やがてインドにたどり着きます。

ポルトガルの探検家バスコ・ダ・ガマは伝説の”スパイスガーデン”を求めて大西洋経由で航海に出て1498年、ついにインドのケララに到着。乗組員と共に”スパイスだ!”と叫んだと記録にあります。


ここからポルトガルのリスボンはヨーロッパで最も裕福な都市になります。スペインとポルトガル、2つの国の航海は続きその先の南北アメリカ大陸まで船を進めせます。


そんな中、スペインからの独立を果たしたオランダはインドに留まりそこで独自のスパイス会社を設立するのでした。そしてこしょう貿易をほぼ独占するのです。


もちろんポルトガルにとっては面白くありません。もちろん2つの国は何度もケンカを繰り返すのです。


しかし、こしょう貿易はオランダの独占とも言える状況が200年以上も続いたと言われています。


またしかし、ここで登場するのが”イギリス”

できましたね。


イギリスはオランダを追いやり、インドを植民地化するのです。この植民地化でこしょう貿易のコントロールをめぐる争いに一旦終止符が打たれます。


イギリスの勝利です。

それでもスパイスの王様、こしょう


一方で17世紀に入りこしょうの価値は最盛期の頃と比べて劇的に下落します。これにはフランス料理の登場が起因していて、こしょうを含めスパイスを大量に使う料理法から、「分量を調整してほどよく使う」というレシピに変わっていった為です。


自然と需要は減り、値段も下がっていきました。


世の中にはたくさんのスパイスが存在します。色や形、味や辛さの度合いも様々。
そんな中、こしょうほど長く濃い歴史をもったスパイスはありません。


歴史上で”こしょう”は間違いなくスパイスの頂点に立つ王様といえます。

次にコショウを振る時、その一振りに金や銀と同じ価値があったことを想像するともっとその料理を楽しめる?

かもしれませんね。

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Posted by MIC